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異文化のらりくらり日報

国道16号辺りをうろうろするだけの生活しか描けなかった人間が、ヨーロッパ、アメリカと暮らすことになってしまいました。主体性のなさ、諦めの早さと戦いながらの日々を記録しときます。

「水さえ」か、「水こそ」か

数か月間悩まされていることがありました。

それは乾燥です。

体中かゆくてしかたないほどの乾燥です。

息子につけるベビークリームやワセリンを塗っても変わらず。加湿器をつけても変わらず。

最近までそんないくつかの試行錯誤を経て、もしやとたどり着いたのが水でした。

そして、それでほぼ解決しました。

こちらは硬水の地域です。

硬水のお風呂で肌がガビガビになっているのかもしれないと考え、スーパーで売っている蒸留水を使ってみたのです。

お風呂の最後に、蒸留水をたぷたぷに含ませたガーゼで乾燥しやすいところを拭くという方法です。

蒸留水のお風呂に浸かれば一気に解決なのかもしれませんが、そんなお金のかかることはできません。

その後これまでどおりベビークリームを塗って、これで調子のいい日が続いています。

ところでこの蒸留水、「お金のかかる」と書きましたが、お風呂用に使うほどでなければ安価で手に入ります。

スーパーに行くと、ミネラルウォーターと同じぐらいずらっと並んでいます。

もともと蒸留水との出会いは、このミネラルウォーターと間違えて買ってきてしまったのがきっかけです。

写真のように2ガロン(約7.57リットル)で同じ形のボトルで売られています。これはスーパーmeijerのもの。

左が蒸留水(distilled water)、右がミネラルウォーターです。わかりにくい。

どちらも2ドルちょっと。

 
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水に振り回された数か月、今さらですが水ってやっぱり大事。

それで思い出すのが、昔日本語学校のクラスで受けた質問。

日本語能力試験旧2級の文法を教えるクラスで、「〜さえ〜ば」という表現が出てきました。

教科書にあったのは、たしか「水さえあれば1週間ぐらい生きられる」という例文でした。
簡単な説明を加えたら学生たちはすぐ納得。

さて、ちょっと例文をみんなで作って次に進もうかと思ったところ、一番後ろの席の学生が手を上げて「これはおかしいです」と。

水は生物が生きるために最も必要なものでしょう。だから、水を一番小さいもの(最低限のという意味で)というのはおかしいです。

一番大事なんだから、「水さえ」ではなくて、「水こそ」でしょう。

とのこと。

水の大切さに注目してしまった彼には、他の例文で「〜さえ〜ば」を説明してももう譲ってくれず、こちらもお手上げ。

最後は「まあまあ、先生、いいです」というところで終わったような記憶があります。

 

聞く人にはさまざまなバックグラウンドがあるので、これで伝わるだろうと簡単に思うのはよくないですね。特に文化の差が大きい人たちの中にいるときには。

今回の乾燥肌問題では、水こそが鍵であることを実感いたしましたよ、ね、一番後ろにいた学生くん。

ミシガン3か月

過去、一度目の海外生活は何もせずに終わった私が、思いがけず二回目の機会をもらいました。
まだスタートラインにも立っていませんが、長いウォーミングアップのところから記録していきます。

2016年12月25日に家族3人でアメリカに出発してから3か月が経ちました。

住むのはデトロイト近郊の街です。
寒くて天気の悪い日が多い時期に生活を始めたので、あまり気分の上がらない日が多かったように思います。
でも、あまり盛り上がりすぎるのも精神的に疲れそうだし、よかったかもしれません。

夫はすぐに新しい会社で仕事が始まりました。
それと並行してアパート探しやSSN(ソーシャルセキュリティナンバー)の取得、州の運転免許取得、自動車購入、日本での住まいの管理手続きなど、信じられないほどの仕事をこなしていました。

一方私は、1歳の息子とどっぷり二人きりの毎日。
気温は常にマイナス、長時間の散歩も難しく、少しのおもちゃで遊びながらほぼ家で過ごしていました。
少しのおもちゃというのは、日本からの引っ越しの荷物が船で1か月かかるためです。

夫の会社が用意してくれたテンポラリーアパート、とてもいい環境でしたが、どこかお店に行こうと思っても、歩いて行ける距離に全くありません。
夫が帰宅してから車でスーパーへ行くのが、息子と私の気晴らしでもありました。

なんだこれ、書けば書くほど暗くなる。

気を取り直して。
その後、1月の半ばに新しいアパートに引っ越しをし、その約1週間後に日本からの荷物が届きました。


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それからはだいぶ普通の暮らしになっていきました。

あと、こちらで私が始めた新しいこと、車の運転です。
日本で学生時代に免許を取ってから、取ったその日から運転経験はほぼゼロです。
でもアメリカ、特に自動車の街デトロイト近郊ですから、ここで車を運転しないというのは、靴を持っていないようなもの。
1月から夫の車で練習を始めました。
最初は日産のピックアップトラック(レンタカー)、
次はリンカーン(夫の会社から借りた)、
3台目は夫が購入したもう少し大きいリンカーン

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どれも私には大きすぎます。
ただ、慣れた道については楽しくやってます。

実は、今日は道も複雑で車も多いところを行ってきて、泣きました。
しかも最初から道を間違えて遠回り。
Interstate Highwayも使わないといけないし、へとへとでした。
でも、仕事をするなら、私はそのエリアまで行かないといけないと思っているので、慣れるまでがんばります。

と書きつつ、まだ通勤もままならない自分が情けない。
SNSなんか見ていると、みんな仕事や勉強に邁進しています。

それで、悔しいので今月思い立って一人密かにあることを始めてみました。
前から頭の片隅にはあったのですが、いつか仕事につなげられればと思って、一からのスタートです。
諦めの早い私が意外と毎日続いているので、自分でも先がちょっと楽しみです。

では、のらりくらりと。

錦糸町の日本語(「5時に夢中!」2016年6月6日(月)より)

これまで数年間家探しをしてきましたが、夫は「子育てするには治安がよくない」と、そのエリアは選択肢から外していました。

引っ越してきて、昼間に出かけていったりすることはありますが、実際の姿をよく知らないご近所、錦糸町

6月6日の「5時に夢中!」で錦糸町のことを特集していたので、見てみました。

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世間的にもやっぱりそう思われているのね。

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えええ!知らなかった。そんなことになっていたのね。

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日本語学校でたくさんのバングラデシュ人と出会ってきたけど、やっぱりたくましい。

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ふーん、そうなんだ。

うちは流れ着いたわけではないけどね(^^;)

 

そんなことを思いながら見ていましたが、

そこへウクライナ女性の驚きの発言!

 

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「財布じゃなくて心でぶつかってくる」

こんな日本語が出てくるなんて!これまでいろいろあったんだろうねぇ。

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異国から来てさ、いっっっぱい見てきたわけじゃない、六本木とか銀座で。その人がたどり着くわけだから。もっとみんなねこれからはやっぱりEast Tokyoよ。」と、コメンテーターのマツコ・デラックスさんも言っていました。

 

「いっっっぱいいろいろ見てきた」これがウクライナの彼女の先生だったんだろうな。

結局、社会が先生なんだよね。そうすると、私の仕事、日本語教師って何ができるのかね、と思ってしまうのですよ。

なんだかんだ言ってもこうやって、飛び込む勇気がある人が身につけられる。

夫もこの社会に飛び込んで、日本の会社、日本の生活、全部自分でやってしまいました。今ではこの社会のこと、私が教わる側です。

そして私は正反対。飛び込まないでここまでやってきてしまいました。

 

といっても、悲観的になっているわけではなく。

これは個人的な備忘録として。

これから、「これがあったら便利かもよ」というものを提供しようかなと思っています。興味がない人には全く役に立たないもの。

この社会に飛び込んだ人のほんの一部がもしかしたら興味を持つかもしれないもの。

ちょっと考えています。

100人で食べるなんて(T_T)

有名な『1年生になったら』。
人数についてあることをネットで知り、息子に歌ってあげた後、夫にドヤ顔で説明しました。


100人で食べたいな 富士山の上でおにぎりを

この歌って1人仲間外れになってる…、
と全部言い終わらないうちに、夫がわかったわかった、と。
「あー(^-^)そういうのプログラミングだと基本だから」
だそうです。

0からカウントするのか1からカウントするのかで数字が変わってしまうとかなんとか。
すみません、出直してきます!

児童館で

近所に児童館を見つけたので、夫と息子と入ってみました。
スタッフのかたが資料を揃えてくれているとき、まわりで遊んでいる小学生たちが話しかけてきました。
最初は小声で「あ、外国人だ」と何度か聞こえるように繰り返し、だんだん距離を縮めてきます(そしてこういうやり方に、こちらの心は距離を取ろうとするのです)。

小学生「お母さんは日本人?お父さんは外国人でしょ。じゃあこの子は何人?」
私「両方かな」
小学生「英語と日本語両方かー」
私と夫(うちは英語じゃないんだけど、面倒だから黙っていよう)→本当に無言
その後小学生たちはわいわいとお互いに何の英語表現を知っているか出し合っていました。

そのほかにも、
小学生「どうして日本語が話せるの?」
夫「じゃ、どうして自分は日本語が話せるんだと思う?」
小学生「日本人だから。…あ、日本でずっと育ったから」
というやり取りも。
(この最後の言い直しには、お、無意識で出した答えをいったん考え直してくれたな、とうれしくなりましたけど)

街中ではすれ違うだけだけど、子どもばかりの空間では思ったことを口にしてきます。
これが本音なんですね。
しかも、私たち大人に対してだったから多少のよそよそしさを感じたけど、子ども同士だったら遠慮がないんだろうなと、ちょっとぞっとしました。
小学生になった息子が「お前何人だよ」「外国人なのに英語しゃべれないのかよ」とか言われる様子を一瞬想像してしまったからです。

11月13日に講演会でお話をすることになっています。
言語についてのアクティビティをいくつか用意しています。
多文化共生社会に関心がある人や、日本語教育に関係している人ももちろんですが、このどちらでもない人にもここで会えたら嬉しいです。
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はじめに

わが家に子どもが生まれて約6か月経ちました。

二つの文化を持つ子ども、ということについてようやく現実が少しずつ見えてきたので、ここも書いていこうと思います。