浮き草がゆく(中欧〜日本〜米国)

中欧出身の夫が故郷で働いて日本で働いて、次はアメリカだと言って家族でやって来ました。私は日本では日本語教師をしていましたが、新しい土地でゼロからスタート。その記録です。

オンラインの読書会やってみた

思いがけず海外転居、知らない土地で育児をすることになり、現在ほぼ休職中の身です。

ときどき個人的に日本語教育に関わらせてもらうことがあり、また仕事として復帰をしたいとも考えているため、細々と勉強は続けています。

セミナーなどに参加できればいいのですが…、日本にいたときのようにあちこちで開かれていません。もしあったとしても、夫が家にいない時間は子どもを見ていなければならないので、そう自由に外出できません。あと、現状でお金はかけられません。

というわけで独学以外の場を探す際にはいつも、まずオンライン、そして無料というのが重要なポイントなのです。

 


昨年は子どもを脇に置いていくつかのオンライン勉強会に参加しました。

今年も国際交流基金のオンラインセミナーに何度か参加しています。

 


そのうち、私が開く側になって、自分が今できるちょうどいいサイズの勉強会をしたいと考えるようになってきました。

そこからすぐ考えはまとまって、呼びかけるのに少し勇気は要りましたが、そこはエイっと乗り越えてみました。

 


開催したのは読書会です。

 


人気のビブリオバトルを参考に、バトる部分だけ除きました。

ゆるーくおすすめ本をプレゼンしあう会です。

(後で知ったのですが、こういうのは「持ち寄り読書会」とか呼ばれるようですね。)

 


企画しながらふと思い出しました。

そういえば、6年ほど前だか、こんなことをやってみたいと人に話したことがあったっけ(そのときはオンラインではなく対面の方法で)。

今回考えがすぐまとまったわけです。

 


Facebookのあるグループ内で呼びかけをしてから開催日までの間、盛り上がらなかったらどうしようと心配だったのですが、やってみたら楽しいし予想以上にいろいろ学べたし、これは自分サイズだ!と実感しました。

そして、6年前からのどに引っかかっていた小骨が取れたような気持ちでもありました。

 


どんなことが予想以上だったか。

人にどう説明しようと考えるので、なんとなくの流し読みをしなくなる。

自分一人で探しても出会わなかったであろう本たちを知ることができる。

本に書いてあること以外のこと、その本の読み手(プレゼンする方)が持っている知識も分けてもらえる。

 


プレゼンを聞きながら、本についての情報をさらにネットで調べたり、電子書籍ならサンプルをダウンロードしたり、と短時間でいろいろできて、私にとってとても充実した時間になりました。

 


次も開きたいと思います。

このゆるさ加減は、継続させるのに大切だなと感じましたので、このスタイルで。

名前も考えています。←ここにかなりの労力を割くタイプ

子どもと日本語で遊ぶ会

昨年の9月、同じミシガンに住むママとネットで知り合い、「子どもに日本語をたくさん聞かせたい、使う機会を与えたい」という考えに賛同して、親子で交流を始めました。

この方は、Daycareに行っているお子さんが家で英語ばかり使うようになってしまって、日本語を伸ばすためにはその環境を作らないといけないと思ったそうです。

住んでいる所が少々遠いため、最初は中間地点の図書館で会うことにしました。

絵本やひらがなワークなどを持ち寄って、日本語を使うことを意識して子どもたちの相手をする、まずはそれだけやってみようということになりました。

子どもの日本語習得にとても熱心な方で、初回から刺激を受けて家路につきました。

 

と、気持ちとしては充実した時間だったのですが、このとき実際にはほとんど日本語の環境を作れなかったように思います。

こちらの図書館というのは、教育用のタブレットなどが置いてあったり、プレイスペースがあったりして、子どもがじっとしていられるようなつくりではありません。

といっても、どんな場所であれ、子どもがじっとしているなんて無理な話なわけですが。

 

そこで、次からは思い切ってお互いの家に行こうということになりました。

初めは彼女がうちに来てくれて、次は私が彼女の家に行って。

 

家で会って、まず子ども同士遊ばせて、大人もそこに加わってできるだけ日本語を使う、ということをしました。

そして、チャンスをうかがって絵本の読み聞かせをしたり、書く練習をしたい子にはワークブックをうまく広げさせたり。

飽きたらおやつや食事タイム。そしてまた日本語を使わせて、という流れです。

図書館で会うのとは全く違って、目的どおり充実した時間が作れました。

 

その後、次に会う日を決めようとなったとき、前に教会のESLで知り合ったママから偶然「久しぶり!元気?」と連絡が来たので、彼女も誘ってみました。

去年の冬直前、3組の親子で会って日本語を使って遊びました。

やっぱり少し人数が多い方がいいです。

日本語があちこち飛び交っているのがいいです。

 

これでグループというか、小さなサークルになったと感じました。

 

冬、一時帰国や雪深い時期などがあって、しばらくこの会はお休みしていましたが、ようやくみんなが活動し出す季節になってきたので、またひとつ思い切ってやってみました。

ミシガンで私たちと同じように考えている人を呼んでみよう。

 

子どもと日本語で遊ぶ会をしています。興味のある方はぜひ!

ネットの掲示板で呼びかけてみました。

10人に満たないほどですが、反応はありました。

一人一人とメールでやり取りをして、都合の合う人とはさらにSkypeでお話をして、私たちがやっていることやその目的を伝えていきました。

 

サークルらしくなってきています。

今週、5組の親子で日本語で遊ぶ会をひらきます。

歌や手遊びも予定に入れました。絵本も以前より増えました。

子どもたちといっぱいしゃべっていっぱい遊びます。楽しみです。

新しい場所に飛び込んで1年

しばらくブログを更新しないでいたら、あっという間に大晦日です。

アメリカに引っ越して来て1年が経ちました。

 

楽しいこともたくさんあって、そういうできごとはインスタグラムに載せていました。

でもブログはすっかり途絶えてしまって。

考えなどをまとまった文章にしようとすると、今思っていることなんて幼稚な考えかもしれないし書くまでもないかなんて、こちらはどうも後回しに。

 

知らない社会において無能な自分を受け入れようとするとこんな考え方になるのかもしれません。

 

ストレスすごいんだろうなと、渡米前から頭ではわかっていましたが、異文化で受けるそれはやはりかなりのものでした。

母文化の社会であれば簡単にできたことが、こちらではいちいちチャレンジです。

チャレンジもときどきなら前向きになれますが、あまり続くとかわすようにもなってしまいます。

さらに12月に入って気温が下がると外に行く気もなくなってしまいました。

去年が暖冬だったらしく、今年の、顔を刺すような風と雪に対して覚悟が足りませんでした。

ようやく気候に慣れてきて、12月後半にスイッチが入って現在に至ります。

 

そして、

すっかり時間を無駄にしてしまいましたが、最後についた勢いで今年やり残したことをやってきました。

日本語のレッスン1件決定しました。

レッスンは相手の自宅で。

なんとうちの2歳児を連れて行ってかまわないそうです!

一番心配していたことだったので、これがクリアできればあとは全力でできます。

実は、この生徒さんはもともと知っている家族のお子さんなんですけどね。

とにかく第一歩。

というか、二歩目かな。

1年の締めくくりとして記録しておきますと、秋に日本語サークル(らしきもの)を始めたので、それがこの土地での最初の一歩です。

日本語を使う子どもたちと日本語で遊ぼうという会です。

会といってもスタートはうちともう一組の親子さんだけ。

(最近もう一家族加わったので、もうサークルと呼んでいいでしょうか。)

 

2016年の終わりにこの土地に来て、何が起きているのか見て聞いて、じゃあやってみようと思い立って2017年が終わる直前になんとか前進しました。

来年はレッスンもサークルも形にしていきます。

 

これが、仕事に関しての今年後半の大ざっぱなまとめです。

 

 

ところで、

今日のブログ、ネガティブな内容の前半とポジティブな後半。

ここしばらく、これが異文化において内面に起こることなんだということを感じています。

あれもできないこれもできない、仕事もゼロにして家族とやって来たという立場だと、自信を失うことばかり増えます。

何かうまくいったとして、そのときは嬉しいですが、後でふと「そんなこと日本では普通にできた」と思ってしまったりもして。

 

日本にいたときのように大人として何か成功した体験をして、ようやくポジティブさを取り戻せるのかもしれません。

 

私のかつての海外生活は長くても数年で日本へ帰ると決まっているものだったので、うまくいかなくても面白い体験として捉えることができましたが、いつ帰るかわからない今の生活ではそうとばかりも思っていられません。

 

夫も日本でよく悔しい思いをしていましたし、それをそばで見ていましたが、実は全然寄り添えていなかったな。

自分で経験してやっとわかりました。

日本語学校で教えていたときの学生に対しても。

今さらだけど、ごめんなさい。

 

異文化における頭の中のぐるぐる、1年間学ばせてもらいました。

最後にちゃんと成功体験したので、ポジティブサイドで今年を終えられます。

ありがとうございました、2017年のミシガン。

夏休みに宿題なし、いろいろ斬新だった小学校(日本の話です)

学校はもうすぐ夏休みが終わりですね。

ときどき子どもの頃の夏休みを思い出します。

私は2つの小学校に通ったのですが、前半に通ったほうでは宿題に追われた思い出、後半の小学校では作ってみたかったものを一つのんびり仕上げた思い出がよみがえります。

 

この後半の学校、夏休みに宿題がなかったんです。

昭和50年代の開校の初めからいろいろぶっとんでいて、挙げればきりがないかもしれません。

公立の小学校です。

 

外観のことがよく取り上げられたのですが、それは今回置いておいて。

思いつくままに挙げていきます。

  • 冬以外は裸足(ケガをしている場合などは除く)
  • 校舎の廊下は直接外に面していて窓もないので、教室から外にそのままアクセスできる
  • あちこちに足洗い場がある
  • 校舎と校庭の間はすべて芝生の中庭になっている
  • 中庭に池があって、自由に入れる
  • 教室の床の内部にはコルクが使われている(裸足で足を傷めないよう)
  • 音楽室は厚いカーペット敷き(いい声を出すため?)

 

  • 文部省(当時)の指定校になって、算数は公式などを先に教えない、グループで考えさせる授業だった

 

  • 5年生は林間学校などではなく、学校に泊まる「合宿学習」
  • 合宿学習では、校庭に藁で住居を作り、同じく校庭で飯盒炊爨をし、夜はキャンプファイヤー、翌日町のオリエンテーリングをした
  • 6年生の修学旅行行き先は隣の県、スタートから最後まで班別行動、ずいぶん前から班別に計画のための時間を取る
  • 修学旅行のは早朝最寄りの駅に集まるところから始まるが、班によって計画が違うので、乗る電車もそれによって分かれる

 

  • PTAがなかった

 

私が思い出したのはこんなところです。

普通の町立の小学校なのに、昭和50年代にこれ、相当変わっていたと思います。

 

それで最初の話ですが、夏休みに宿題がほとんどなく、

自由に何かやってこい、と。

私が覚えているのは、物語作りをしたことです。

自分で物語を書いて挿し絵を描いて、本のように綴じたものを提出しました。

と書くと立派な感じですが、見た目も内容もつまらないものになっちゃったな、もっとしっかり取り組めばよかったなと思いながら提出したのを覚えています。

 

あれからウン十年経ちましたが、あのときの後悔、少し役に立っている気がします。

課題を見つけるのも取り組むのも自分、しっかりやらないとその自分が一番がっかりすることになるよ、って。

 

とにかく考えさせる、子どもたち自身にやらせる、という授業や宿題や行事が多かった小学校。

 

夏休みは40日間自由に使っていいよという、今思えば何という贅沢な課題と時間。

それを存分に生かせなかった後悔は、何十年経っても消えません。

 

最高の夏休みの宿題でした。いや、今も続く宿題です。

アメリカでのめがねの買い方

最近、気に入っていためがねのフレームの塗装がハゲてきたことに気が付きました。

ほかのめがねもみんな少々古いので、この機会に作ろうと思い立ちました。

 

というわけで、めがね屋さんに行く前に、使いそうな単語やフレーズを確認しておこうと調べ始めたのですが、そこでとんでもないことがわかりました。

買い方が日本と違う!

 

手順が面倒なのイヤだなあと思ったのですが、私は年中かけっぱなしなので、やっぱり気持ちいいのを使っていたい!

で、結局購入してみました。

 

めがねは医療器具のような扱いなんだそうです。だからちょっと面倒なのね…。

 

ということで、保険に入っていれば費用が一部カバーされます。無保険で購入するとかなり高いです。

まずは、自分が入っている保険会社のネットワーク内のめがね屋さんを探します。

この医療機関等の「ネットワーク」というのは、航空会社のアライアンスみたいなものです。

 

保険会社のサイトで検索して行くお店を決めたら、検眼の予約を入れます。

私は電話で英語のやり取りをするのに非常に不安があるので、ホームページからネット予約できるお店にしました。

でも、結局後でお店から電話で確認してきました。意外とアメリカっていまだに電話〜とか郵便物〜とか多いんだよなあ。

 

それであとは問診票などをプリントアウトして記入、当日持っていきます。

 

検眼は、検眼士さんと行います。

内容は、日本のめがね屋さんと同じような機械を使ったものでした。加えて、年齢のせいか白内障のテストがあったりしました。

 

終わったら、店舗に並んでいるフレームから選んで、お金を払うだけ。

ここは日本で買うのと変わりありません。

ただし購入のときに、検眼、レンズ、フレームがそれぞれいくら保険でカバーされるか、きちんとお店の人と確認します。

そして、私の場合は保険会社から発行された医療関係専用のクレジットカードで決済。

このカード、初めてだったのでちょっとドキドキしました。

 

数日後に「できたので取りに来てください」と電話があって、完成品受け取り。


f:id:saitamalily:20170729141939j:image

 

そのときに一緒にもらった検眼の結果はprescriptionと書いてありました。処方箋です。めがね、医療器具扱いですね。

これを持っていれば、次はどこのお店でも検眼なしで購入できます。

ネット通販のめがね屋さんでも購入できます。

黙っていたら処方箋を渡されないままになりそうだったので、ちゃんと請求。

こういうの、日本と違って客側がしっかりしないといけないので、初めてのことには下調べが重要って思います。

 

買い方が日本と違う!と書きましたが、こうして見ると前半部分だけですね。

ただ、この保険会社のネットワークというのが、どうも慣れなくて。

日本がたっぷりの「外国」

前回、5月からESLに通ってみることにしたと書きましたが、実は、数回で行くのをやめてしまいました。
息子をチャイルドケアに預けると大泣きしてしまうからです。
私の姿が見えなくなるとダメなようで、2か所のESLに行ってみたのですが、レッスンに最後まで参加できたのはそれぞれ最初の1回だけでした。

何度かトライしてみたのですが、1分も預けていられず終了。

結局、教室がある教会の外で遊んでみたり、クラスメイトの外国人からアドバイスを受けて近くの公園に行ってみたり、いつもと違うことはできましたが、行けばどっと疲れる1日になってしまいました。

実は子どもを預けてのびのびできる時間が欲しかった、というのが通う動機だったので、これではかえってストレスがたまるだけ、もう行くのはやめました。

 

ですが、しばらくESLから離れて考える時間ができて、今はよかったのかなと思っています。

 

この2か月ほどの間にいろいろ見えてきました。

まずここが、私が考えていた「外国」とは違うということ。

そして、とりあえず無料だからとESLを選択したのは、自分の英語学習の目標を考えれば間違いだったということ。

最初に飛び込んだコミュニティで、付き合う人たちが変わってくるということ。

私が考えていた「外国」というのは、以前住んでいたハンガリーの地方都市のイメージでした。
その街には日本人が自分も含めて3人だけ。みんな現地の人と結婚していて、付き合う仲間も現地の人が多かったです。

でもここは、普段はすれ違ったりしないけれど日本人がたくさん住んでいて、日本人コミュニティやサークルがあります。

困ったことがあれば、日本人同士で情報交換をするのが基本。

 

そして、教会のESL。ここはレッスン無料で自由参加です。
学習者も自分の都合で来たり来なかったりですから、レッスンの目標はとりあえず英語に触れること、という感じです。
人によっては、自分に目標を課して行くとがっかりするかもしれません。

 

関連して、ここで日本人のクラスメイトと知り合うと、似たような日本人たちとあっという間につながります。

それはたいてい駐在で来ている人の家族で、現地の人とよりは日本人とつながりたい人たちです。
それが悪いのではありません。だって数年で帰国して、子どももそちらで育てることになるのですから、考え方の軸足は日本に残しておいて正解です。

 

すべて私が深く考えずに飛びついたのが、迷走の原因です。

自分がここでどう生きたいか、最初に考えたことを忘れちゃダメですね。

 

このエリアには長年続く日本人の子育てサークルもあって、私も複数の人から誘われて何度も迷ったのですが、参加しませんでした。
でも、これからもまた別の日本人に誘われるかもしれません。

そのぐらいここは日本人同士のつながりを大事にする人が多い場所なんだと思います。

ただ、私は同じ国の出身だからというだけでいい友達になれるわけではないと考えているので、ふらりふらり適当に距離を保ちながら行きます。

2台目の車

5月、まるで師走のようなスピードで過ぎていった1か月でした。

5月1日、この日は息子の誕生日だったのですが、おもちゃや絵本のほかに私たち家族への大きなプレゼントが。

2台目の車です。

プレゼントというか自分たちで購入したんですが。


f:id:saitamalily:20170607235806j:image

 

でもこれによって家族が自由な時間を持つことができるようになったので、それがプレゼントです。

それまでは夫が通勤に使う1台だけで数か月間やってきました。

平日は夫の帰宅までほとんどどこへも行けませんでした。

これは、冬で外を長時間歩くのが無理だったことも重なりました。

(ちなみにうちの近所の路線バスは使い物になりません。)

 

2台目の車がやってきてまず始めたのが、ESL(English as Second Language)の教室に通うことです。

目的は私の英語のことなんかより、チャイルドケアです。

教会で無料でひらいているESLには、託児できるところがよくあります。

いつも日中母子二人で過ごしてばかりで、遊びに行く場所も決まってきていたので、新しい刺激をと思ったのです。

シラバスがしっかりしている有料の英語スクールもありますが、子供を預けられるところは見つかりませんでした。

 

毎日朝から外出できる、運転の練習もできる(日本で運転経験ほぼゼロ)、と急に世界が変わりました。

盗んだバイクで走り出す気持ちが今ならわかります。遅すぎですね。


f:id:saitamalily:20170607235716j:image

 

ESLに通う、買い物に行く、気になっていた場所を見に行ってみる。

そして同時に暖かくなってきたので、それらが終わったら自転車で近くの公園まで息子と遊びに行く。

発見の連続で、毎日目まぐるしく過ぎて行きました。

20万マイル以上走っていた中古車で、このひと月の間、夫にあちこち直してもらったり、業者に持って行ったりして、これも発見の連続。

一日中車がガレージにのんびり止まっていた日はなかったように思います。

 

と、いいスタートだと思ったのですが、ESLは自分にはちょっと注意が必要だと気がつきました。

行く前は、いろいろな国の人と教室で話ができたらいいなと想像していたのですが、初日、20人ほどの参加者のうち日本人以外は1人だけだったのです。

おまけに帰りはみんなでお茶でも行きましょうと来た(息子の健診があったので参加しませんでした)。

コレジャナイ!

http://dic.nicovideo.jp/t/a/%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8A%E3%82%A4

(ただし参加者が日本人ばかりだったり、お茶して帰ったりというのはこのときだけでした。)

 

コレジャナイと言いながら、実はここでチャイルドケアありの他のESLも教えてもらったので、感謝しています。

でも、やっぱりどこに行っても同じ母語話者同士でかたまるんですよね。

それで顔ぶれもだいたい同じで、気が合おうが合うまいが、気を合わせないといけない雰囲気。

一人一人と話せば皆さん親切だし普通に付き合えそうな人ばかりですが、その集合体は別物。

 

その集合体の中でふらふら〜っとしていると、景色がアメリカなだけで生活は狭い日本人コミュニティ、なんてことになります。

 

盗んだバイクはきちんと整備して返しに行かないといけませんね。

次回に続きます。