平々たる日々(ミシガン)

海外生活といえば聞こえはいいけど、散歩してスーパー行って週に1回ゴミ出しして、という普通の毎日です。

夏休みに宿題なし、いろいろ斬新だった小学校(日本の話です)

学校はもうすぐ夏休みが終わりですね。

ときどき子どもの頃の夏休みを思い出します。

私は2つの小学校に通ったのですが、前半に通ったほうでは宿題に追われた思い出、後半の小学校では作ってみたかったものを一つのんびり仕上げた思い出がよみがえります。

 

この後半の学校、夏休みに宿題がなかったんです。

昭和50年代の開校の初めからいろいろぶっとんでいて、挙げればきりがないかもしれません。

公立の小学校です。

 

外観のことがよく取り上げられたのですが、それは今回置いておいて。

思いつくままに挙げていきます。

  • 冬以外は裸足(ケガをしている場合などは除く)
  • 校舎の廊下は直接外に面していて窓もないので、教室から外にそのままアクセスできる
  • あちこちに足洗い場がある
  • 校舎と校庭の間はすべて芝生の中庭になっている
  • 中庭に池があって、自由に入れる
  • 教室の床の内部にはコルクが使われている(裸足で足を傷めないよう)
  • 音楽室は厚いカーペット敷き(いい声を出すため?)

 

  • 文部省(当時)の指定校になって、算数は公式などを先に教えない、グループで考えさせる授業だった

 

  • 5年生は林間学校などではなく、学校に泊まる「合宿学習」
  • 合宿学習では、校庭に藁で住居を作り、同じく校庭で飯盒炊爨をし、夜はキャンプファイヤー、翌日町のオリエンテーリングをした
  • 6年生の修学旅行行き先は隣の県、スタートから最後まで班別行動、ずいぶん前から班別に計画のための時間を取る
  • 修学旅行のは早朝最寄りの駅に集まるところから始まるが、班によって計画が違うので、乗る電車もそれによって分かれる

 

  • PTAがなかった

 

私が思い出したのはこんなところです。

普通の町立の小学校なのに、昭和50年代にこれ、相当変わっていたと思います。

 

それで最初の話ですが、夏休みに宿題がほとんどなく、

自由に何かやってこい、と。

私が覚えているのは、物語作りをしたことです。

自分で物語を書いて挿し絵を描いて、本のように綴じたものを提出しました。

と書くと立派な感じですが、見た目も内容もつまらないものになっちゃったな、もっとしっかり取り組めばよかったなと思いながら提出したのを覚えています。

 

あれからウン十年経ちましたが、あのときの後悔、少し役に立っている気がします。

課題を見つけるのも取り組むのも自分、しっかりやらないとその自分が一番がっかりすることになるよ、って。

アメリカでのめがねの買い方

最近、気に入っていためがねのフレームの塗装がハゲてきたことに気が付きました。

ほかのめがねもみんな少々古いので、この機会に作ろうと思い立ちました。

 

というわけで、めがね屋さんに行く前に、使いそうな単語やフレーズを確認しておこうと調べ始めたのですが、そこでとんでもないことがわかりました。

買い方が日本と違う!

 

手順が面倒なのイヤだなあと思ったのですが、私は年中かけっぱなしなので、やっぱり気持ちいいのを使っていたい!

で、結局購入してみました。

 

めがねは医療器具のような扱いなんだそうです。だからちょっと面倒なのね…。

 

ということで、保険に入っていれば費用が一部カバーされます。無保険で購入するとかなり高いです。

まずは、自分が入っている保険会社のネットワーク内のめがね屋さんを探します。

この医療機関等の「ネットワーク」というのは、航空会社のアライアンスみたいなものです。

 

保険会社のサイトで検索して行くお店を決めたら、検眼の予約を入れます。

私は電話で英語のやり取りをするのに非常に不安があるので、ホームページからネット予約できるお店にしました。

でも、結局後でお店から電話で確認してきました。意外とアメリカっていまだに電話〜とか郵便物〜とか多いんだよなあ。

 

それであとは問診票などをプリントアウトして記入、当日持っていきます。

 

検眼は、検眼士さんと行います。

内容は、日本のめがね屋さんと同じような機械を使ったものでした。加えて、年齢のせいか白内障のテストがあったりしました。

 

終わったら、店舗に並んでいるフレームから選んで、お金を払うだけ。

ここは日本で買うのと変わりありません。

ただし購入のときに、検眼、レンズ、フレームがそれぞれいくら保険でカバーされるか、きちんとお店の人と確認します。

そして、私の場合は保険会社から発行された医療関係専用のクレジットカードで決済。

このカード、初めてだったのでちょっとドキドキしました。

 

数日後に「できたので取りに来てください」と電話があって、完成品受け取り。


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そのときに一緒にもらった検眼の結果はprescriptionと書いてありました。処方箋です。めがね、医療器具扱いですね。

これを持っていれば、次はどこのお店でも検眼なしで購入できます。

ネット通販のめがね屋さんでも購入できます。

黙っていたら処方箋を渡されないままになりそうだったので、ちゃんと請求。

こういうの、日本と違って客側がしっかりしないといけないので、初めてのことには下調べが重要って思います。

 

買い方が日本と違う!と書きましたが、こうして見ると前半部分だけですね。

ただ、この保険会社のネットワークというのが、どうも慣れなくて。

日本がたっぷりの「外国」

前回、5月からESLに通ってみることにしたと書きましたが、実は、数回で行くのをやめてしまいました。
息子をチャイルドケアに預けると大泣きしてしまうからです。
私の姿が見えなくなるとダメなようで、2か所のESLに行ってみたのですが、レッスンに最後まで参加できたのはそれぞれ最初の1回だけでした。

何度かトライしてみたのですが、1分も預けていられず終了。

結局、教室がある教会の外で遊んでみたり、クラスメイトの外国人からアドバイスを受けて近くの公園に行ってみたり、いつもと違うことはできましたが、行けばどっと疲れる1日になってしまいました。

実は子どもを預けてのびのびできる時間が欲しかった、というのが通う動機だったので、これではかえってストレスがたまるだけ、もう行くのはやめました。

 

ですが、しばらくESLから離れて考える時間ができて、今はよかったのかなと思っています。

 

この2か月ほどの間にいろいろ見えてきました。

まずここが、私が考えていた「外国」とは違うということ。

そして、とりあえず無料だからとESLを選択したのは、自分の英語学習の目標を考えれば間違いだったということ。

最初に飛び込んだコミュニティで、付き合う人たちが変わってくるということ。

私が考えていた「外国」というのは、以前住んでいたハンガリーの地方都市のイメージでした。
その街には日本人が自分も含めて3人だけ。みんな現地の人と結婚していて、付き合う仲間も現地の人が多かったです。

でもここは、普段はすれ違ったりしないけれど日本人がたくさん住んでいて、日本人コミュニティやサークルがあります。

困ったことがあれば、日本人同士で情報交換をするのが基本。

 

そして、教会のESL。ここはレッスン無料で自由参加です。
学習者も自分の都合で来たり来なかったりですから、レッスンの目標はとりあえず英語に触れること、という感じです。
人によっては、自分に目標を課して行くとがっかりするかもしれません。

 

関連して、ここで日本人のクラスメイトと知り合うと、似たような日本人たちとあっという間につながります。

それはたいてい駐在で来ている人の家族で、現地の人とよりは日本人とつながりたい人たちです。
それが悪いのではありません。だって数年で帰国して、子どももそちらで育てることになるのですから、考え方の軸足は日本に残しておいて正解です。

 

すべて私が深く考えずに飛びついたのが、迷走の原因です。

自分がここでどう生きたいか、最初に考えたことを忘れちゃダメですね。

 

このエリアには長年続く日本人の子育てサークルもあって、私も複数の人から誘われて何度も迷ったのですが、参加しませんでした。
でも、これからもまた別の日本人に誘われるかもしれません。

そのぐらいここは日本人同士のつながりを大事にする人が多い場所なんだと思います。

ただ、私は同じ国の出身だからというだけでいい友達になれるわけではないと考えているので、ふらりふらり適当に距離を保ちながら行きます。

2台目の車

5月、まるで師走のようなスピードで過ぎていった1か月でした。

5月1日、この日は息子の誕生日だったのですが、おもちゃや絵本のほかに私たち家族への大きなプレゼントが。

2台目の車です。

プレゼントというか自分たちで購入したんですが。


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でもこれによって家族が自由な時間を持つことができるようになったので、それがプレゼントです。

それまでは夫が通勤に使う1台だけで数か月間やってきました。

平日は夫の帰宅までほとんどどこへも行けませんでした。

これは、冬で外を長時間歩くのが無理だったことも重なりました。

(ちなみにうちの近所の路線バスは使い物になりません。)

 

2台目の車がやってきてまず始めたのが、ESL(English as Second Language)の教室に通うことです。

目的は私の英語のことなんかより、チャイルドケアです。

教会で無料でひらいているESLには、託児できるところがよくあります。

いつも日中母子二人で過ごしてばかりで、遊びに行く場所も決まってきていたので、新しい刺激をと思ったのです。

シラバスがしっかりしている有料の英語スクールもありますが、子供を預けられるところは見つかりませんでした。

 

毎日朝から外出できる、運転の練習もできる(日本で運転経験ほぼゼロ)、と急に世界が変わりました。

盗んだバイクで走り出す気持ちが今ならわかります。遅すぎですね。


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ESLに通う、買い物に行く、気になっていた場所を見に行ってみる。

そして同時に暖かくなってきたので、それらが終わったら自転車で近くの公園まで息子と遊びに行く。

発見の連続で、毎日目まぐるしく過ぎて行きました。

20万マイル以上走っていた中古車で、このひと月の間、夫にあちこち直してもらったり、業者に持って行ったりして、これも発見の連続。

一日中車がガレージにのんびり止まっていた日はなかったように思います。

 

と、いいスタートだと思ったのですが、ESLは自分にはちょっと注意が必要だと気がつきました。

行く前は、いろいろな国の人と教室で話ができたらいいなと想像していたのですが、初日、20人ほどの参加者のうち日本人以外は1人だけだったのです。

おまけに帰りはみんなでお茶でも行きましょうと来た(息子の健診があったので参加しませんでした)。

コレジャナイ!

http://dic.nicovideo.jp/t/a/%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8A%E3%82%A4

(ただし参加者が日本人ばかりだったり、お茶して帰ったりというのはこのときだけでした。)

 

コレジャナイと言いながら、実はここでチャイルドケアありの他のESLも教えてもらったので、感謝しています。

でも、やっぱりどこに行っても同じ母語話者同士でかたまるんですよね。

それで顔ぶれもだいたい同じで、気が合おうが合うまいが、気を合わせないといけない雰囲気。

一人一人と話せば皆さん親切だし普通に付き合えそうな人ばかりですが、その集合体は別物。

 

その集合体の中でふらふら〜っとしていると、景色がアメリカなだけで生活は狭い日本人コミュニティ、なんてことになります。

 

盗んだバイクはきちんと整備して返しに行かないといけませんね。

次回に続きます。

「水さえ」か、「水こそ」か

数か月間悩まされていることがありました。

それは乾燥です。

体中かゆくてしかたないほどの乾燥です。

息子につけるベビークリームやワセリンを塗っても変わらず。加湿器をつけても変わらず。

最近までそんないくつかの試行錯誤を経て、もしやとたどり着いたのが水でした。

そして、それでほぼ解決しました。

こちらは硬水の地域です。

硬水のお風呂で肌がガビガビになっているのかもしれないと考え、スーパーで売っている蒸留水を使ってみたのです。

お風呂の最後に、蒸留水をたぷたぷに含ませたガーゼで乾燥しやすいところを拭くという方法です。

蒸留水のお風呂に浸かれば一気に解決なのかもしれませんが、そんなお金のかかることはできません。

その後これまでどおりベビークリームを塗って、これで調子のいい日が続いています。

ところでこの蒸留水、「お金のかかる」と書きましたが、お風呂用に使うほどでなければ安価で手に入ります。

スーパーに行くと、ミネラルウォーターと同じぐらいずらっと並んでいます。

もともと蒸留水との出会いは、このミネラルウォーターと間違えて買ってきてしまったのがきっかけです。

写真のように2ガロン(約7.57リットル)で同じ形のボトルで売られています。これはスーパーmeijerのもの。

左が蒸留水(distilled water)、右がミネラルウォーターです。わかりにくい。

どちらも2ドルちょっと。

 
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水に振り回された数か月、今さらですが水ってやっぱり大事。

それで思い出すのが、昔日本語学校のクラスで受けた質問。

日本語能力試験旧2級の文法を教えるクラスで、「〜さえ〜ば」という表現が出てきました。

教科書にあったのは、たしか「水さえあれば1週間ぐらい生きられる」という例文でした。
簡単な説明を加えたら学生たちはすぐ納得。

さて、ちょっと例文をみんなで作って次に進もうかと思ったところ、一番後ろの席の学生が手を上げて「これはおかしいです」と。

水は生物が生きるために最も必要なものでしょう。だから、水を一番小さいもの(最低限のという意味で)というのはおかしいです。

一番大事なんだから、「水さえ」ではなくて、「水こそ」でしょう。

とのこと。

水の大切さに注目してしまった彼には、他の例文で「〜さえ〜ば」を説明してももう譲ってくれず、こちらもお手上げ。

最後は「まあまあ、先生、いいです」というところで終わったような記憶があります。

 

聞く人にはさまざまなバックグラウンドがあるので、これで伝わるだろうと簡単に思うのはよくないですね。特に文化の差が大きい人たちの中にいるときには。

今回の乾燥肌問題では、水こそが鍵であることを実感いたしましたよ、ね、一番後ろにいた学生くん。

ミシガン3か月

過去、一度目の海外生活は何もせずに終わった私が、思いがけず二回目の機会をもらいました。
まだスタートラインにも立っていませんが、長いウォーミングアップのところから記録していきます。

2016年12月25日に家族3人でアメリカに出発してから3か月が経ちました。

住むのはデトロイト近郊の街です。
寒くて天気の悪い日が多い時期に生活を始めたので、あまり気分の上がらない日が多かったように思います。
でも、あまり盛り上がりすぎるのも精神的に疲れそうだし、よかったかもしれません。

夫はすぐに新しい会社で仕事が始まりました。
それと並行してアパート探しやSSN(ソーシャルセキュリティナンバー)の取得、州の運転免許取得、自動車購入、日本での住まいの管理手続きなど、信じられないほどの仕事をこなしていました。

一方私は、1歳の息子とどっぷり二人きりの毎日。
気温は常にマイナス、長時間の散歩も難しく、少しのおもちゃで遊びながらほぼ家で過ごしていました。
少しのおもちゃというのは、日本からの引っ越しの荷物が船で1か月かかるためです。

夫の会社が用意してくれたテンポラリーアパート、とてもいい環境でしたが、どこかお店に行こうと思っても、歩いて行ける距離に全くありません。
夫が帰宅してから車でスーパーへ行くのが、息子と私の気晴らしでもありました。

なんだこれ、書けば書くほど暗くなる。

気を取り直して。
その後、1月の半ばに新しいアパートに引っ越しをし、その約1週間後に日本からの荷物が届きました。


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それからはだいぶ普通の暮らしになっていきました。

あと、こちらで私が始めた新しいこと、車の運転です。
日本で学生時代に免許を取ってから、取ったその日から運転経験はほぼゼロです。
でもアメリカ、特に自動車の街デトロイト近郊ですから、ここで車を運転しないというのは、靴を持っていないようなもの。
1月から夫の車で練習を始めました。
最初は日産のピックアップトラック(レンタカー)、
次はリンカーン(夫の会社から借りた)、
3台目は夫が購入したもう少し大きいリンカーン

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どれも私には大きすぎます。
ただ、慣れた道については楽しくやってます。

実は、今日は道も複雑で車も多いところを行ってきて、泣きました。
しかも最初から道を間違えて遠回り。
Interstate Highwayも使わないといけないし、へとへとでした。
でも、仕事をするなら、私はそのエリアまで行かないといけないと思っているので、慣れるまでがんばります。

と書きつつ、まだ通勤もままならない自分が情けない。
SNSなんか見ていると、みんな仕事や勉強に邁進しています。

それで、悔しいので今月思い立って一人密かにあることを始めてみました。
前から頭の片隅にはあったのですが、いつか仕事につなげられればと思って、一からのスタートです。
諦めの早い私が意外と毎日続いているので、自分でも先がちょっと楽しみです。

では、のらりくらりと。

錦糸町の日本語(「5時に夢中!」2016年6月6日(月)より)

これまで数年間家探しをしてきましたが、夫は「子育てするには治安がよくない」と、そのエリアは選択肢から外していました。

引っ越してきて、昼間に出かけていったりすることはありますが、実際の姿をよく知らないご近所、錦糸町

6月6日の「5時に夢中!」で錦糸町のことを特集していたので、見てみました。

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世間的にもやっぱりそう思われているのね。

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えええ!知らなかった。そんなことになっていたのね。

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日本語学校でたくさんのバングラデシュ人と出会ってきたけど、やっぱりたくましい。

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ふーん、そうなんだ。

うちは流れ着いたわけではないけどね(^^;)

 

そんなことを思いながら見ていましたが、

そこへウクライナ女性の驚きの発言!

 

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「財布じゃなくて心でぶつかってくる」

こんな日本語が出てくるなんて!これまでいろいろあったんだろうねぇ。

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異国から来てさ、いっっっぱい見てきたわけじゃない、六本木とか銀座で。その人がたどり着くわけだから。もっとみんなねこれからはやっぱりEast Tokyoよ。」と、コメンテーターのマツコ・デラックスさんも言っていました。

 

「いっっっぱいいろいろ見てきた」これがウクライナの彼女の先生だったんだろうな。

結局、社会が先生なんだよね。そうすると、私の仕事、日本語教師って何ができるのかね、と思ってしまうのですよ。

なんだかんだ言ってもこうやって、飛び込む勇気がある人が身につけられる。

夫もこの社会に飛び込んで、日本の会社、日本の生活、全部自分でやってしまいました。今ではこの社会のこと、私が教わる側です。

そして私は正反対。飛び込まないでここまでやってきてしまいました。

 

といっても、悲観的になっているわけではなく。

これは個人的な備忘録として。

これから、「これがあったら便利かもよ」というものを提供しようかなと思っています。興味がない人には全く役に立たないもの。

この社会に飛び込んだ人のほんの一部がもしかしたら興味を持つかもしれないもの。

ちょっと考えています。