異文化のらりくらり日報

国道16号辺りをうろうろするだけの生活しか描けなかった人間が、ヨーロッパ、アメリカと暮らすことになってしまいました。主体性のなさ、諦めの早さと戦いながらの日々を記録しときます。

児童館で

近所に児童館を見つけたので、夫と息子と入ってみました。
スタッフのかたが資料を揃えてくれているとき、まわりで遊んでいる小学生たちが話しかけてきました。
最初は小声で「あ、外国人だ」と何度か聞こえるように繰り返し、だんだん距離を縮めてきます(そしてこういうやり方に、こちらの心は距離を取ろうとするのです)。

小学生「お母さんは日本人?お父さんは外国人でしょ。じゃあこの子は何人?」
私「両方かな」
小学生「英語と日本語両方かー」
私と夫(うちは英語じゃないんだけど、面倒だから黙っていよう)→本当に無言
その後小学生たちはわいわいとお互いに何の英語表現を知っているか出し合っていました。

そのほかにも、
小学生「どうして日本語が話せるの?」
夫「じゃ、どうして自分は日本語が話せるんだと思う?」
小学生「日本人だから。…あ、日本でずっと育ったから」
というやり取りも。
(この最後の言い直しには、お、無意識で出した答えをいったん考え直してくれたな、とうれしくなりましたけど)

街中ではすれ違うだけだけど、子どもばかりの空間では思ったことを口にしてきます。
これが本音なんですね。
しかも、私たち大人に対してだったから多少のよそよそしさを感じたけど、子ども同士だったら遠慮がないんだろうなと、ちょっとぞっとしました。
小学生になった息子が「お前何人だよ」「外国人なのに英語しゃべれないのかよ」とか言われる様子を一瞬想像してしまったからです。

11月13日に講演会でお話をすることになっています。
言語についてのアクティビティをいくつか用意しています。
多文化共生社会に関心がある人や、日本語教育に関係している人ももちろんですが、このどちらでもない人にもここで会えたら嬉しいです。
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